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私が通っていた大学の近くには、大きなダムがありました。大学は山の上の方にあり、最寄りの駅からでもバスで三十分はかかります。そんな場所ですから、 秋には霧も出ます。危険な山道で霧が出るとなると、車がよくダム底に転落するのです。首坂という名称からして不気味で、昔から「神隠し」伝説が残っていま す。 ところが何故か地元の業者や警察はそうした車を引き上げようとはしません。引き上げても必ず死体がなくなっていて、結局のところ事故以外には考えられないという結論になるからだそうです。 かなりの台数が沈んでいるはずだし、それを見たいからと私の友人は潜ってみることにしました。ダイビングの免許を持つ彼は、ダムができる前の地図をチェックして潜りました。 しばらくしてあがってきた彼は大興奮でまくし立てました。 どうやら死体が見つかったそうなのです。彼らは全員ダム底のお堂にかたまっていたらしく、古地図を見るとなるほど彼が言うように地蔵堂と書かれた場所がありました。 地蔵があるのかと聞いてみましたが、彼は無かったと言います。代わりにおかしな像があるらしいのです。蛸のような足と蝙蝠のような羽を持つ像が。彼は、今度はそれを取ってくると言い残したまま行方不明になりました。 彼の死体がダムにあることは間違いないのですが、誰も確認しにいきません。 それから数年が経ちますが、今だに事故は起こりますし、死体は引き上げられず、そこにどんどん貯まっているみたいです。
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地元民も観光客も寄り付かない雨多ノ島水族館。その専属研究員であるタマキ(左手の小指がない)と事務担当のユーミは熱心に机に向かっている。 「つかぬことを伺うけれども」 と、突然タマキが資料を見ながら話しかけた。 「今、生理だよね?」 「断る!」 ユーミは首を振る。ソバージュのかかった長い茶髪が揺れた。 「でもなんかそういう臭いがするんだな」 タマキがクンクン嗅ぎまわりながらユーミの近くに来た。まとわりついてくるのを蹴って追いやる。 「生理は来てるけど、あの実験には協力しないわよ」 「そんなこと言わないでさあ。僕は最近生理ないんだ」 鼻で笑って見下す。 「女のくせに『僕』とか言ってるから、男性ホルモンが出過ぎてんじゃないの」 タマキは困った顔をして、伸びてきた所を切っただけの頭をボリボリと掻いた。白衣にフケが落ちた。 「でも、生体スーツの完成まであと少しなんだよ。海底で見つかった『それ』――中間遺伝子塊――人間の受精卵と――臓器や感覚器が――ポテンシャルを――誘導する細胞が――」 輝く瞳には『それ』のことしか映らない。ユーミは頬杖をついて、その横顔を眺めていた。 業務終了後、タマキは地下プールにいる『それ』から新生物を作っては失敗を繰り返していた。人型にはなるが、すぐに絹ごし豆腐のようにホロホロと崩れてしまうのだ。 「やっぱり人間の――」 ボソリと呟くその背後に、ユーミが立っていた。驚いて声が出ないタマキ。 「これ」 持っていたビニール袋を差し出す。 「これって生理の――ああ、卵子か! いいの? ありがとう」 「勘違いしないで。私も実験の結果が気になっただけ」 タマキはうんうんと頷きながら、身体は準備に取り掛かっている。 「『それ』が前に僕の指を食った時、ヒトの遺伝子を既に獲得したらしい。今回はそこから簡易的に男性精子を作る部分を切り出して取り出し、ユーミの卵子に受精させる」 「それって、あるイミ私とあんたの――」 ユーミは胸を抑えて目を細める。無意識にタマキの袖を掴んでいる。 「そう。僕と君の」 スイッチオン。タマキはユーミの手を袖から外すと、しっかり手を繋いだ。 「こども」 プールの中で『それ』の一部だったものは次第に一メートルほどの人型になった。透けて見える心臓の鼓動に合わせ、全体が膨らんだり縮んだりしている。二人は黙って祈るように見つめた。いくらか各部が崩れたが、なんとか形を保つことができた。 クラゲのように優雅な動きでたゆたい、ツナギはホノ、ホノ、と明滅する。 「完成。タマキとユーミのツナギの誕生だ!」 タマキは跳びはね、ユーミは静かにガッツポーズをとっていた。二人はその晩、研究室で祝杯をあげた。 翌朝まで飲み、気づくと『それ』が消えていた。ツナギが食べたのか、それとも脱出したのか消滅したのかわからなかったがツナギだけが残った。悔しそうな彼女に、ユーミが近づく。 「ツナギが残ったんでしょ。なら、海底だってまた探しに行けるわよ」 タマキは微かに頷いた。 二人は寝不足のまま研究室で事務をする。しばらくするとツナギの誕生を思い出す。興奮で手につかず、目が合うたびに笑いあった。夕方になると、どちらともなく机に突っ伏して眠っていた。 雨多ノ島水族館、奇愛館長はそれを見守るとそっと明かりを消した。
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凪いだ海のただ中で、ボートが慌ただしく揺れている。 「ナツ、ナツッ!」 ボートの上でカナメが焦っていた。手元のディスプレイを揺らして叫ぶ。しかし無情にも、ナツの視界をトレースして表示するはずのそれは暗黒に黙して何も語らない。 「くそッ。ああ、もう。俺は何をやってる。何でこんなことに」 夕暮れの海は石油でも混じったように暗くなっていく。カナメは今にも降り出しそうな空の下で、ボートの縁を殴って天を仰いだ。 雨多ノ島水族館の地下、立入禁止区域には海に面した入江がある。ナツは岸辺で海に脚を投げだし、ツナギの頭を撫でていた。ツナギは粘液にまみれた触腕をにゅるるっと彼女の腕に絡ませる。 バリバリとガムテープを剥がすような声で、戯れに言うナツの単語を復唱した。 「ぬれねずみ」 「ヌ、ブデズム」 ナツは笑顔で、ツナギの腹部にある裂け目に指を挿しこみ、ぐちゅぐちゅと水っぽい音を立ててかき混ぜる。ツナギは嬉しいのか苦しいのか、喚くような声をあげた。 「おいあんまり変な言葉覚えさすなよ。連絡取りづらくなるんだから」 白衣を着たカナメがやってきた。連日の研究で無精髭が出ている。ナツをちらりと見るが、無表情にボートに乗って準備を始めた。ソナーやその他計器の確認をしながら言う。 「ナツ――まだツナギ着なくていいから服着れ」 触腕は全裸のナツに絡み付き、褐色の肌に汁が流れていく。二十五歳の身体は、ゴージャスな海外モデルにも引けをとらなかった。ナツは屈託なく笑った。 「誰もウチの裸とか興味ないやろ」 「お前は伊豆の踊り子か」 カナメは、興味なくなくなくなくなくなくはないが、と心中で呟いた。ナツにタオルを投げ、イヤホンをつけて無線のスイッチを入れる。 「こちら瀬戸内カナメ。こちら瀬戸内カナメ。聞こえますか」 「聞こえ――もっ――おおきな声――」 音がぶつ切りにしか聞こえない。 「もしもぉし! こちらカナメ!」 「うるっせーよ阿呆! こっちゃ二日酔いなんだ」 野太い声が離れたナツのところまで響いた。カナメは顔をしかめてイヤホンを耳から少し離す。 「すんません」 「今日の仕事は、深度千二百メートルの調査な。潜行ポイントはPCの方に送ってある」 事務員の黒川は面倒そうな声を出した。 「そこに何かあるんスか」 「よく知らねえが、ツナギの元になった生物『それ』が見つかった場所なんだそうだ。ようやく政府からの調査許可がおりたって館長が喜んでた」 「ああ、例の――」 カナメはボートを指差し、ナツに乗り込むように指示した。エンジンをかけ、櫂を使って押し出す。無線がガサガサとビニール袋を擦るような音を立てた。 「こっちに面倒が起きないように処理しろよ」 「まあ、大丈夫スよ。俺はともかくナツは天才なんで」 横で聞いていたナツはわざとらしく「うへへ」と言いながらカナメにじゃれつくが、頭を押されて戻された。ボートは水を裂くように進んでいった。 十数分後、周囲には何の目印もない潜行ポイントに着いた。ナツの身体にツナギが膜を張り、内部が溶けて幼稚園児ほどの大きさまで小さくなる。それから急に膨張して数十本の触手をうねうねと踊らせる人間大の「ヒトガタ」に変化した。 カナメはモニターを確認すると、合図を出した。ナツはずるりと紺色の海へ入っていった。ボートにはナメクジが這ったあとのような粘液が残った。 「よし、水中で生体受容器と尾ビレを出すぞ」 「あい」 カナメがタッチ操作でディスプレイを弄ると、ナツの両足がくっつき魚のように流線型になった。エラ呼吸に変化する。また、傍目にはわからないが無線が出 す音波をキャッチできる機構が脳内に作られた。ナツは勢いよく左右に水を蹴る。海面からの白い光が射し込んで、大小の魚たちの影が見えた。 ナツはあっという間に深度二百メートルを越える。そのころには、光は海面の一パーセント程度しかなくなる。ここから先は深海と呼ばれる場所。ナツの足元に青い闇が待ち構えていた。 「浮袋、大丈夫なん」 海上のカナメは、ナツの泳ぐ速度に合わせて、ツナギを変化させる命令を出している。各深度に適応した生物の浮袋を、そのつど遺伝子操作の命令で作り替えて用意しているのだ。 「今更聞くなよ。大丈夫じゃなかったら、浮袋が潰れてユーはショック! お前は既に死んでいる」 数秒の沈黙。 「ああ、そう」 「ここからはその身体でもヤバイし、ちょっと太らせるからな」 カナメはツナギを構成している成分のうち、コラーゲンを外皮に集中させた。見た目には、目も口もないプルンプルンしたピンク色の肉塊になった。深海生物シー・ピッグ(海の豚)と呼ばれるセンジュナマコに近い造形だった。 「目指すのは名呑海溝、千二百メートル地点だ」 泳ぐというよりも、静かに落ちていくように更なる深みへと向かっていく。カナメは忙しく数値の微調整を繰り返しながら、ツナギと同じ機構の生体音波器を使い無線の可聴域を高めた。やがて海溝千二百メートル地点へ到達する。完全に黒一色になり腕の先も見えない。 ナツはぼんやりとした闇の中を一人でおちていく。途中で嫌になろうがどうしようが縦横半径一キロは海水で逃げられないという圧迫感。カナメには耐えられそうもない。 「宇宙飛行士ってのは、こんな感じかもしれんね」 肉塊になったツナギから二つの目が現れた。そこから赤い光が放射される。 「なんかウチの目が光っとるんやけど」 「オオクチホシエソの遺伝子だ。その辺りに穴があるらしいんだが」 ナツは海底峡谷の横肌をなぞるように探していく。光を当てると、物体の凹凸に応じて影が踊るように動いた。恐怖を煽る光景だったが、ナツは何も言わず、 それどころか軽快に作業を進める。小さな光だけでは頼りないので、触手を長く延ばして丁寧に触っていくと穴が見つかった。 大人一人がやっと入れる穴から激しい水流が出たり入ったりしている。 「なんか――怖い」 「ナツがそんなこと言うのは珍しいな。水流が出てるってことは、この穴は地上まで繋がってるんじゃないか?」 「でも名呑町にそんなとこがあるとか聞いたことないよ」 躊躇して行こうとしない。迷っていると、カナメがリラックスさせるように気の抜けた調子で言った。 「戻ったらカツカレー奢るから、もうちょっと行こうぜ」 ナツは少し笑うと、その言葉に乗るような形で穴へ入っていく。背後に蝙蝠とタコを混ぜたような軟体動物がいたが、二人は気づかない。 穴は急激な角度で上方に向かっていた。カナメは再度細胞の調整を繰り返していく。壁面を見ながら、二人は驚いていた。 「ウソだろ」 それは壁画だった。大部分がフジツボの類で隠れていたが、明らかに人為的なものだった。 「人間がいたとして、ここが海に沈む前だろ? 一体何年前の話だよ」 壁に刻まれているのは、蝙蝠の頭からタコのような触手が大量に出ている化物だった。ひょろ長い二本脚の生物たちの上位に描かれている。 「これは人間か。海に沈む前ってことは、ここは元々山だったのかもな。今、ナツは山を登ってるってことなのか」 「カナメ、ウチがなんか怖いと思ったんはこれのせいかもしれん。壁の絵。これ、見たことある気がするんよ」 ナツの背後に軟体動物「それ」が張り付き、背中部分のコラーゲンを触手の先にある爪で破き始めている。 「ああ、それ俺も思ってた。名呑町のゑびす像に似てるんだよ」 カナメは壁画を映し出すモニターを眺め、一人頷いた。ナツの声を待つ。 「や、ウチは夢で見た気がするんよ。えらい怖い夢で」 そこで急に海上のモニターが消えた。暗い画面に、疲れた男の顔が映っていた。カナメはうんざりした表情で自分の顔から目をそらし、落ち着いて呼びかける。 「ナツ?」 呻き声だけが聞こえた。 「大丈夫か!」 「多分『それ』が来とる。あの壁画みたいな。モニターのところ壊」 音声まで途切れた。 「ナツ、ナツッ!」 海上でカナメはモニターを揺らす。二人が経験する初めての事態だった。カナメの頭には責任問題やらが駆け巡り、嫌がるナツを無理に行かせたことを思い出した。 「すぐに復旧するかもしれないしな」 水族館に連絡すると自分が怒られるに違いなかった。しかしディスプレイを見て一瞬でその考えは激しい自己嫌悪に変わった。ツナギの表皮コラーゲン量がみるみる減っていた。おそらく攻撃されているに違いなかった。 カナメの体が動いた。 「水族館、誰か応答してください、お願いします!」 数秒の判断ミス。数十秒の沈黙。取り返しのつかない事態。永遠の別れ。カナメは考えるだに脳みそが焼き切れそうだった。 「くそッ! ああ、もう。俺は何をやってる。何でこんなことに」 「何が起こったの」 館長ユーミの声がした。 「ナツの連絡が途絶えました。『それ』に襲われたみたいです」 ユーミの顔から血の気が引いた。脳裏に蘇る恐怖を必死で抑えながら声を張った。 「見たら体勢を立て直せるまで全力で逃げなさいって前に言ったでしょうが! PCは?」 「生きてます。映像と音が聞こえません」 「今すぐプラナリアの遺伝子から自己再生、同時にヌタウナギの分泌物を出して」 カナメは言われた通りにするが、指が震えてしまう。 「あとは?」 「祈るしかないわ」 深海のナツは、失敗したつみれのようにホロホロと崩れていた。「それ」は容赦なく中を喰い破ってくる。ナツは自分ではツナギを変化させられない。今の肉 塊形態では動きも遅く逃げられない。できるのは、表皮コラーゲンに潜っている「それ」を自分の身体ごとちぎって振り払うことしかなかった。 「それ」は一旦離れるが、すぐにやってくる。コラーゲンの無くなった箇所から、激しい水圧がかかる。こんなことをしていても、時間の問題だった。 「大丈夫。大丈夫。すぐにカナメは何かやってくれる。ウチは天才やないけど、カナメは天才なんやし」 ナツは自分に言い聞かせながら、神経を尖らせて待つ。 「カナメが何もせず負けを認めることは絶対無い。ありえん」 すぐにツナギの肉が沸騰するように再生し始めたが、「それ」の動きの方がまだ速い。同時に分泌されはじめたヌタウナギの粘液が、半分水に溶けたような「それ」を固めていく。今度は煮凝りのようにして「それ」を突き放した。 「ホラ、カナメはやっぱりなんとかした」 海上のカナメは時計とディスプレイを見つつ、深度数値からツナギの浮袋を操作する。ナツの状態を想像しながら、ほとんど勘が頼りだった。雨が降り出したが、既に計器類にはビニールがかけられている。カナメの白衣にはじっとりと水が染み込み、前髪から水がぽたりと落ちた。 ボートは小川を行く笹舟のように揺れた。 「完全再生まであと七分――」 完全再生は即ち通信環境の復活を意味した。また左手でボートの縁を殴った。指から血が滲む。 「『それ』があんなことで止まるわけがない。このままじゃすぐ追いつかれちまう!」 ナツは来た道を全速力で戻っていた。浮袋のことを考えるが、もたもたしていても死ぬだけだった。穴の入口に差し掛かったところで、ナツは小さく「いかんかもしれん、ね」と自嘲気味に呟いた。 外には「それ」が五、六匹いた。 後ろからも一匹、粘液を解きながらではあるが来ている。ツナギは勝手に浮袋を組み替えられ、身体が浮かんでいく。カナメの仕業だった。これ以上隠れることもできず、ナツは一か八か飛び出した。 ツナギはこれまでにない危険な速さで浮上していく。 カナメは瞬きせず、次々に浮袋を作り替えながら同時に不必要な肉を切り離し「それ」にエサをばらまいた。 「完全再生まであと五分」 ツナギは気圧の変化に耐えられなかった部分から崩れていく。現在深度千メートル。少しずつ黒から濃紺へと風景が変化していく。ナツが足元を見ると、「そ れ」らは異様な速度で上がってきていた。コラーゲンが剥げた部分から出てきた尾ヒレで叩くが、決定的なダメージを与えられない。 「あと三分」 カナメはとりつかれたように血走った目をグルグル動かして操作する。 館長ユーミは水族館で祈っていた。 「お願い、ナッちゃん達を助けてあげて。タマキ」 急激に濃紺から青へと変わっていく世界で、ナツはどこか落ち着いていた。自分は死なないだろう、何故かわからないが頭のどこかでそう確信していた。 「それ」は触手を胴に巻き付け、ツナギの腕へ噛み付いた。上皮部分が外れ、無数の触腕が姿を現す。ナツはそれを使って追い払おうとするが、とらえられず逆に噛み付かれた。 「あと一分」 「それ」は頭部触手に隠れた牙で、ツナギの腕を噛んだ。触手はスルメのように細長く水中に裂け広がり、「それ」らが群がった。ナツは覚悟した。 「クソが。腕くらいやるよ。多分死なんやろ」 しかし、噛み付いた「それ」たちは動かなくなり、暗い海底へと落ちていった。 「ナツ、ナツッ!」 ようやく通信が戻った。ナツは不思議な気持ちでカナメに言う。 「――やあ、久しぶり。さっきのは何が起きたんかね」 「ああ、無事か。良かった! その前に謝らせてくれ。ナツが怖がってたのに行かせた。俺の判断ミスだった。しかも責任とか考えて連絡が遅れたんだ」 カナメは自分を殴り倒したい気持ちで一杯だった。 「えっと。ウチもカナメがちゃんと助けてくれないかもって思っとったし、同じやないかな」 「同じじゃねえよ!」 「じゃあ、とりあえずカツカレーをおごってもらおうかい」 ナツは次第に白くなっていく海を見ながら続ける。 「で、さっきのは何」 「カツオノエボシの触手だ。触れた瞬間に毒が回って痺れる。毎年死人が出てるくらいだ。別名電気クラゲ」 「えらい危ないもん使いよったね」 ようやく水面を突き破ってツナギが姿を現した。ボートの上に乗ると、脈動するツナギの腹が裂け、ナツがどろりと出てきた。 「ナツ、悪い。いっそ俺を殴ってくれ」 ナツが立ち上がる。雨で身体から粘液が洗い流されていく。カナメは膝をついて俯く。ナツはそっとその頭を撫でた。 「顔上げて」 カナメが言われた通りにすると、ナツは思いっきり頬を叩いた。二十五歳の男は吹っ飛んで海に落ちた。 「カナメが納得いくように叩いとく。でもウチも考えて、カツカレーの取引に乗ったってことを忘れんでね」 泳いでボートの端につかまり、カナメは息も切れ切れに言った。 「了解した――ナツ、もう絶対こんなことはないからな!」 ナツはため息を吐くと、カナメに手を貸して引き上げる。雲間から赤い夕陽が差し込み、海と二人を染めていた。
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花奥恵の青い闇(1994年) 花奥恵の好物(1993年) 花奥恵の大好物(1993年) ターニング・ポイント前夜(1993年夏)
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名呑町へようこそ! 海と山の間に引っかかってしまったようなここ名呑(ナノミ)町では謎の生物・宗教・失踪事件・噂などなど様々な人間模様が広がっています。 まずは以下のキーワードに関するアーカイブからお進み下さい。 しかし当然ながら、それだけでは全体を読み通すことはできません。 気になる登場人物・登場した物体があれば上部のwiki内検索を用いてお調べください。全てに目を通すことができたとき、あなたは名呑町の裏で起こっていたことが何か、ちょっぴりわかるかもしれません。 茶屋ヒノスケ 竹内夏音(ナツ) すてられたこども 像を巡る物語
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今すぐ水族館へ行こう(1993年夏) ツナギ(1993年) シンクロ(1994年秋) カナメロ(2001年) 黒川の手帳(2002年) 海雪(2003年) 蜜月旅行(2003年) あなたは望まれて生まれてくるの(2004年) あまねおの誕生(2009年) 海音々(2010年)
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最終更新日時 2018年05月02日 (水) 22時35分36秒 公式キャラページ ○プロフィール ○概要 ○カラー一覧 ○コマンド表 ○ライフ・ゲージ増加量 ○技性能 ○基本戦術 ○キャラ対策 ○コンボ ○演出・勝利台詞 ○その他 プロフィール 身長 168cm 体重 51kg B/W/H 89/ 57/ 87 血液型 不明 格闘スタイル 気と木の力 好きなもの くるみ 将棋 日本舞踊 クレープ 嫌いなもの 悪人 火がでるキッチン ミネストローネ 趣味 将棋観戦 特記事項 木の神 CV 緑諷アサギ 概要 コマンド投げによるHPの回復や、飛び道具無敵の移動技等他のキャラに無い特徴を持つ投げキャラ1発の火力は無いが、牽制もそれなりに強く持久戦を展開できる 長所 コマンド投げによるHP回復 1F発生のコマンド投げによる起き攻め拒否・割り込み 飛び道具への対応の多さ 対空からの安定した火力 セットプレイによる崩し・固め ガードさせて隙の少ない通常技 下段・投げ・高速中段などによるN択 短所 リーチがやや短い 火力・崩しがゲージ依存 カラー A&B C D E F コマンド表 特殊技 歩 4+B 必殺技 香車 4ため6+AorC 角 63214+AorC 桂馬 214+BorD ┗飛車 桂馬中 BorD 超必殺技 王手 236236+BorD MAX超必殺技 真!樹木の解放 6321463214+C EX超必殺技 樹木の世界 214214+C ライフ・ゲージ増加量 ライフ 100 ゲージ増加量 攻撃 弱攻撃ヒット 2 強攻撃ヒット 3 防御 弱ガード 1 強ガード 2 くらい 弱くらい 2 強くらい 3 浮かせ 3 叩き付け 3 技性能 通常技 技 イメージ ダメージ 発生 硬直差 始動 持続 硬直 キャンセル ガード G H 立A 3 10 -6 -3 9 8 14 特必特 立屈 しゃがみ状態の相手に当たらない 技 イメージ ダメージ 発生 硬直差 始動 持続 硬直 キャンセル ガード G H 立B 5 9 -12 -9 8 10 18 特 立屈 特記事項 技 イメージ ダメージ 発生 硬直差 始動 持続 硬直 キャンセル ガード G H 立C 2+2 8 -6 -3 7 (4,6,12) 22 特必特 立屈 特記事項 技 イメージ ダメージ 発生 硬直差 始動 持続 硬直 キャンセル ガード G H 立D 7 13 -12 -9 12 10 30 特 立屈 8Fから32Fまで腰下打撃・飛び道具無敵発生までくらい判定が前方に伸びない 技 イメージ ダメージ 発生 硬直差 始動 持続 硬直 キャンセル ガード G H 屈A 2 13 +4 +7 12 6 6 特必特 立屈 特記事項 技 イメージ ダメージ 発生 硬直差 始動 持続 硬直 キャンセル ガード G H 屈B 1 12 +1 +4 12 5 10 屈A特 屈 特記事項 技 イメージ ダメージ 発生 硬直差 始動 持続 硬直 キャンセル ガード G H 屈C 4 11 +1 +4 10 8 20 特必特 立屈 特記事項 技 イメージ ダメージ 発生 硬直差 始動 持続 硬直 キャンセル ガード G H 屈D 6 25 +3 ダウン 24 10 16 特 屈 発生までくらい判定が前方に伸びないヒット時、+128Fの有利 技 イメージ ダメージ 発生 硬直差 始動 持続 硬直 キャンセル ガード G H JA 3 9 高さによる 8 15 着地まで 特 立 特記事項 技 イメージ ダメージ 発生 硬直差 始動 持続 硬直 キャンセル ガード G H JB 2 11 高さによる 10 16 着地まで 特 立 特記事項 技 イメージ ダメージ 発生 硬直差 始動 持続 硬直 キャンセル ガード G H JC 5 13 高さによる 12 12 着地まで 特 立 特記事項 技 イメージ ダメージ 発生 硬直差 始動 持続 硬直 キャンセル ガード G H JD 4 12 高さによる 11 8 着地まで 特 立 特記事項 特殊技 技 イメージ ダメージ 発生 硬直差 始動 持続 硬直 キャンセル ガード ゲージ G H 歩(4+B) 通常版 3+3 13 -16 ダウン 12 (5,5,5) 40 特 立屈 0/3+3 キャ版 1+1 22 -17 -14 21 (10,5,10) 36 必特 立屈 0/3+3 通常版:ヒット時、+117Fの有利 特殊動作 技 イメージ ダメージ 発生 硬直差 始動 持続 硬直 キャンセル ガード ゲージ G H 成(地上でF) - - - - - - 60 不可 - 0/0 1Fから58Fまで打撃・飛び道具無敵 技 イメージ ダメージ 発生 硬直差 始動 持続 硬直 キャンセル ガード ゲージ G H 持ち駒(空中でF) 通常版 - - - - 20 着地まで 4 特殊 - 0/0 特キ版 2 着地まで 4 特殊 - 0/0 共通:"着地まで"の部分を空中技でキャンセル可能 必殺技 技 イメージ ダメージ 発生 硬直差 始動 持続 硬直 キャンセル ガード ゲージ G H 香車(4ため6+AorC) A版 5 30 -13 ダウン 29 12 30 特 立屈 2/3 C版 1 41 +9 +11 40 10 10 特 立屈 3/3 共通:特殊追撃判定A版:ヒット時、+122Fの有利C版:ヒット時、相手を地上に引き戻し自分側に引き寄せる 技 イメージ ダメージ 発生 硬直差 始動 持続 硬直 キャンセル ガード ゲージ G H 角(63214+AorC) A版 4 1 - -5 0 2 80 不可 投 4/0 C版 5 11 - -5 10 2 80 不可 投 4/0 共通:投げ判定、間合い50、補正無視、打撃から繋がるA版:1Fから持続終了まで完全無敵、ヒット時体力8回復C版:11Fから持続終了まで打撃・飛び道具無敵、ヒット時体力10回復 技 イメージ ダメージ 発生 硬直差 始動 持続 硬直 キャンセル ガード ゲージ G H 桂馬(214+BorD) B版 - - - - 16 - 着地まで+4 不可 - 1/0 D版 - - - - 20 - 着地まで+4 不可 - 1/0 B版:7Fから着地まで飛び道具無敵、17Fから着地までの間派生可能 全体硬直53FD版:11Fから着地まで飛び道具無敵、21Fから着地までの間派生可能 全体硬直61F 技 イメージ ダメージ 発生 硬直差 始動 持続 硬直 キャンセル ガード ゲージ G H ┗飛車(桂馬中 BorD) B版 5 7 -22~+3 ダウン 6 8 着地まで+25 特 立屈 0/3 D版 5 7 -18~+3 ダウン 6 8 着地まで+25 特 立屈 0/3 B版:最速派生ヒット時、+102Fの有利D版:最速派生ヒット時、+99Fの有利 超必殺技 技 イメージ ダメージ 発生 硬直差 始動 持続 硬直 キャンセル ガード ゲージ G H 王手(236236+BorD) B版 19 6 -55 ダウン 暗転50/ 5 24 着地まで+32 特 立屈 0/3 D版 21 6 -55 ダウン 暗転50/ 5 24 着地まで+32 特 立屈 0/3 B版:1Fから持続終了まで完全無敵 ヒット時、+87Fの有利D版:1Fから持続終了まで投げ・飛び道具無敵 ヒット時、+89Fの有利 MAX超必殺技 技 イメージ ダメージ 発生 硬直差 始動 持続 硬直 キャンセル ガード ゲージ G H 真!樹木の解放(6321463214+C) 35 1 - ダウン 0 暗転(50) 50 不可 投 0/33 間合い40、補正無視、1Fから持続終了まで完全無敵ヒット時、+118Fの有利 EX超必殺技 技 イメージ ダメージ 発生 硬直差 始動 持続 硬直 キャンセル ガード ゲージ G H 樹木の世界(214214+C) - - - 暗転100/ 0 0 0 不可 - 0/0 発動したラウンド中、1秒毎に体力1回復し、喰らい中以外の飛び道具を無効化、また無効化するたび体力1回復といった効果を受ける代わりにSPゲージが増加しなくなる 基本戦術 記述無し キャラ対策 記述無し コンボ 0ゲージ 2B >A角ヒットしていたらコンボになり、ガードなら角の持続が重なる連携ジャンプを読んだら、A角を出さず 立ちAで落としそこからコンボにいける 2A >C角ヒット確認が出来ず出し切りになる。今作ではC角の威力が下がったので無理に狙う必要はないか? 5C >歩 >A香車歩からA香車は連続ガードにならず、ディレイをかけてキャンセルすることで暴れを潰せるガードされても-3Fと隙も殆どないので取り合えずで出しておける。また、A香車で締めた場合他のものよりも起き攻めを仕掛けやすい 5C >歩 >桂馬 >飛車上のコンボとダメージは変わらないが、相手を大きく運べる 5C(1段目) >歩 > C角体力を10回復できる、体力が少ないときや C角に補正がかからないことを活かしコンボの締めになど角の後は5Fの不利があるので、攻め継続は難しい 桂馬 >飛車 >5C >C香車 >5C >歩 >桂馬 >飛車飛車を重ねて当たっていたらコンボにいける。最初の5Cは5Aや2Cでも代用できる桂馬の着地際をガードさせない限りほぼ不利フレームを背負うことになるが、ガード後の距離は先端当てや判定の先を当てない限り角の距離に入っているので1度は角を見せておくと相手に打撃かジャンプかの読み合いをさせることができる (対空)2C >C香車 >5C >歩 >桂馬 >飛車対空からのコンボ2Cは判定が強く、攻撃判定がくらい判定より飛び出している技以外にはほぼ一方的に勝てる通常ヒット・カウンターを問わず繋がるコンボなので飛びが見えたら2Cで落とすクセをつけるといいかもしれない (対空・CH)2C >桂馬 >飛車 >5A > C香車 >~ 1ゲージ 2B >2A >D王手ヒット確認からのコンボ、1ゲージで中々のダメージを取れる。下段のプレッシャーをかけてコマ投げや中段を決めていく 5C >歩 >桂馬 >飛車 >空中特キャン >着地 >2C >C香車 >5C >歩 >桂馬 >飛車特キャンを絡めたコンボ。最後をC角に変えることで体力回復も途中の2Cは5Aや5Cで代用できるがダメージが少し落ちる桂馬を2回ともD版で出せば優にステージ半分の距離を運ぶゲージを使えばその分だけループが出来るが、途中から費用対効果が著しく悪くなる。2ゲージあれば大人しく真!樹木の解放で締めた方がいいだろう 昇りJD >空中特キャン >JC >2C >(歩) >桂馬 >飛車昇り中段を使ったコンボ。JDは下に長く座高の低い相手にもしっかりと当たる距離によっては歩が入らないので省略する。歩が入った場合は飛車ではなくA香車締めも可能 2ゲージ ~ >王手 >空中特キャン >着地 >5A(2C) >C香車 > ~暴れやコンボから。前作では王手ヒット時に相手のくらい判定が消滅していたが、今作から判定が残るようになり通常攻撃が当たる様になったB,Dどちらの王手からも5Aが安定だが、D王手をディレイキャンセルすると2Cが当たりダメージを伸ばせる王手をガードされても大幅に有利が取れ、投げや下段, ゲージがあれば中段の択も仕掛けられる ~ >5C(1段目) >歩 >真!樹木の解放真!樹木の解放でコンボを締める。補正無視の35ダメージのためあまり長いコンボを続けるよりも効果的 3~4ゲージ 基本は上記のパーツの組み合わせで問題ない 5ゲージ ~ >王手 >空中特キャン >着地 >D王手 >空中特キャン >着地 >D王手ショーリューレッパ 失敗することがほぼ無いので勝ち確の時にでも……参考として B王手 >D王手 >D王手 で60ダメージ 桂馬 >飛車 >2C >C香車 >(5C >歩 >桂馬 >飛車 >空中特キャン >着地 >2C >C香車)×3 >5C(1段目) >歩 >真!樹木の解放81ダメージを与え、1ゲージ回収する難易度はそれほど高くない 桂馬 >飛車 >D王手 >空中特キャン >着地 >2C(5A) >C香車 >5C >歩 >桂馬 >飛車 >空中特キャン >着地 >2C >C香車 >5C(1段目) >歩 >真!樹木の解放84(83)ダメージ2Cを5Aにするとダメージが下がる 対戦前演出対応キャラ 記述無し 特殊勝利台詞対応キャラ 記述無し 勝利台詞 記述無し ライバル戦デモ 記述無し その他 ○画面端の裏周り 相手を画面端に密着させた状態でD桂馬を出すと裏に回ることが出来る。 相手の起き上がりに合わせると裏に一度回ってから表に落ちるといったことも可能 裏に回った後は5Cを重ねる、相手の投げ暴れ読みのジャンプや中段などで択をかける また、飛車への派生は桂馬を出すタイミングや派生のタイミング次第でめくり当て表落ち、表当て表落ち、めくり当て裏落ちなどと変わる ●(画面端D桂馬派生飛車後) (2B) >D桂馬 >着地5C2Bでのフレーム消費後に最速で桂馬を出す起き上がりに丁度重なり、投げ暴れとジャンプを潰す (2D) >D桂馬 >飛車2Dでのフレーム消費後に最速で桂馬を出す早め派生で裏、遅め派生で表になる表裏どちらとも王手で拾うことが出来る ○ネタ ●D桂馬派生飛車後 B桂馬 >B桂馬 >A角発生9F以上の暴れを投げられる主に小日向凛のリバサC鳳炎龍を刈る為だけの連携ガードされていると起き上がりの投げ無敵で掴めない
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RRRRRR... RRRRRR...... 『はいもしもし』 『やあ、僕だけど、元気?』 『まったく、どちら様が何様のつもりだ』 『なあに? まさか、わざわざ、僕と君の友情の間にイチイチ名乗りが必要だとでも?』 『電話をかけたらまず名乗る。ご両親には教わらなかったか?』 『ははっ、生憎と父に教わったのは帝王学くらいのもんでね』 『これだから貴族サマは!』 『ああでも、メアリには言われた気がするかも』 『誰だよそれ』 『乳母、かな。何度か話したこともあると思うな』 『乳母、ねえ。乳母。乳母! これだから貴族サマは! ていうか、教わってるだろ。ほら、ちゃんと名乗る名乗る!! 最初っからやり直すぞ。 はいもしもし』 『ああでもね、メアリが言うには、 “電話に出たらまずもしもし、その次に自分から名乗って、最後にどなたか尋ねなさい” だってさ』 『……………………』 * * * RRRRRR... RRRRRR...... 『……はいもしもし。ギュスターヴですが、どちら様ですかね?』 『やあ、もしもし。僕だよ、エルヴィン。元気?』 『ああお前か。元気かどうかわざわざ聞くほど、時間が経ってるわけでもなかろうに』 『ま、社交辞令だからね、大目に見てちょうだいな』 『いっつも思うんだがな、一応お前だって、貴族なんだろ。 庶民にほいほい電話なんざかけていいもんかね。貴族の風格、落ちるぞ』 『ただでさえ没落貴族の上に、家なんて継げない継がない放蕩五男坊だよ? 誰もそんなこと気にしないってば』 『そうかい、自称没落貴族サマ。 それにしても頻りに電話ばっかりかけてきやがって。お前、他に友達いないの?』 『友達いなくてさみしいのは君だろ、ギュスターヴ』 『じゃあそんなさみしいおれと今度呑みにでも行こうぜ』 『ああいいね待ってました! えー、えー、いつがいい? どこがいい? 他に誰か誘う?』 『いきなりテンションあがるとか気持ち悪い奴だな……』 (その後しばらく続く与太話の後、) 『ああ、ああ! 忘れてた! そういやギュスターヴ、君に用があったんだよ!!』 『はあ? 今更? 別に放っておいてもほいほい電話かけてくるくせに』 『お誕生日、おめでとう!!』 『おう、ありがとう。……まだだけどな』 『もうすぐだよね? 今年でいくつになったんだっけ?』 『歳なんか、そんな重要じゃないだろ、忘れちまったよ』 『だーめーだーよー! そういうのちゃんと覚えておかないと』 『九十代ではあるんだがなあ』 『というわけでギュスターヴ、君にプレゼントがあるんだ』 『げえっ』 『ははは、そんなに嬉しいかこの野郎』 『いい歳した男どうしなのにプレゼントとか、キモっ。キモっ!』 『えー、別にいいじゃん。 とにかくさ、プレゼント、届けに上がるからね、来週末、出かけないでくれよ』 『なにそれ。まさか、ウチくんの?』 『うん、運ぶのもけっこう手間だから、直接行くよ』 『いいって別に。そもそもプレゼントなんていらないし』 『じゃあ来週末だから。おとなしく雁首揃えて待っててね?』 「いやだから別に、……っておい! ちくしょう、切りやがったな、ちくしょうめ!!」 * * * 第一話 ハロー メイ・アイ・スピーク・トゥー・ゲイター、プリーズ? * * * その日、ネコの国の某地方都市は朝から、なんだか雲の陰った一日でありました。 けれども、雨が降りそうな模様では決してなく、ただ曇っているだけ。そんな空をしていました。 昼を過ぎても、空は光を落とさず、いつまでだって塞ぎ込んでいました。 どんより曇天の中を、馬車がことこと、軽快な音を立てて歩いていきます。 道行く人々が、ちらちらと振り返ったり振り返らなかったりして、目で追います。 それもそのはず、街中を歩く馬車は、まったく街中にそぐわない、華美で豪奢な装丁がなされているのですから。 つやめき白く光りを返す黒の車体、まぶしく映える緋色の幌、あしらわれた金細工、曳くは純白の獣。 ただでさえ地方都市、さらにその中心からも外れた市街には、有り余るほどの豪華がそこにありました。 ことこと、ことこと、車は進み、商店街を抜けた住宅地、とある一件の平屋の前で足を止めました。 御者が、すばやい身のこなしで馬車から降り、車体の扉を開きます。 降りたのは、ネコの男性。 ふわふわと柔らかく、しかし厚くないよう上品に揃えられた灰色の毛並に並ぶ、黒い縞模様。 顔つきも凛々しく長身痩躯、眉目秀麗と呼んでまるで差支えなく感じられます。 ダークグレーのスーツは、見るからに仕立てのよく、高級な品です。 左手に黒い傘を持ち、庶民であれば、格の違いというものをまざまざと見せつけられてしまうかもしれません。 男性は、見た目にそぐわず、ぴょいと音でもつきそうなほど軽く、飛び降りました。 御者がむっと彼を睨み、彼は舌を出してにやりと笑います。 先導せんとする御者を右手で軽く制し、単身、平屋へ向かいます。 こんこんとドアをノック、 「もしもし! エルヴィンだよ! ギュスターヴかい?」 大声で呼びかけます。 その大声ですら、曇りのないテノール、美しいものでありました。 「それは、電話での話だろうが……」 地を這うように迫りくるバスと共に出てきたのは、頭二つも三つも彼より大きな男。 深緑色のごつごつした鱗、長く伸びて開かれた大きな口、鋭く走る眼光、なんとも厳つい顔をしています。 背が高いだけでなく、横幅も広く、さらにそれは鋼のような筋肉であり、大男以外、なんと表せば良いのでしょう。 少し足が短く胴が長いようでもあり、非常に太く地を擦る尾を持つ、その人は――ワニ男でした。 「やあ、ギュスターヴ。いつ見てもでかいね!」 「しょっちゅうかかってくる電話のせいで全然そんな気はしないんだが、会うのは久々だな、エルヴィン」 「そうだね。何年だろう? 十年は経ってるはずかな?」 「雨、降りそうか?」 「え、なんで?」 「傘」 「傘?」 「雨だから持ってるんじゃないのか?」 「何言ってんの? 傘なんて差さないよ」 「雨が降った時に差すものが傘に決まってるだろ」 「雨が降ったら車に乗るに決まってるでしょ?」 「変な奴」 「え、僕が変なの? おかしいなあ」 くすり、手を添えて笑うネコ。 「懐かしいね! 見た目こそだいぶ老けたけど、所作やらなんやら、学生時代と変わりないんだから!」 「懐かしいとはいえ、あんまり来てほしくはなかったが……、まあ、上がってけよ」 ワニ男は扉を開けて、一歩身を引きます。けれども、ネコは優雅に首を傾げ、答えました。 「いいんだいいんだ、渡したら、すぐに帰っちゃうから」 「はあ? なにそれ? どういうこと?」 「僕から君へのバースデイ・プレゼントだ。 ……受け取って、くれるね?」 「いや、そんなこと言われても、ぶっちゃけいらんし」 「受け取ってくれ」 「いや、さあ」 「受け取る、ってただ言えばいいんだ」 「どうせ、どんなにおれがいらないって言っても、勝手に押しつけていくくせに」 「じゃあ、受け取ってくれる?」 「ああもうはいはい、受け取る、受け取ります、ありがたく頂戴させていただきますよ!」 それを聞いて、ネコはぱちりと指を鳴らしました。 くるりと振り返る顔は、喜色満面、目いっぱいの笑顔。 「良かった! じゃあ今度こそ、僕から君への、バースデイ・プレゼント、だ!!」 御者が馬車の扉を開けます。 開けられた扉をくぐり、“わたしは、”そっと地面へと降り立ちます。 二人の視線が、“わたしに”集められます。 ワニ男はもはや無表情にすら見える、「あがァ」の声と共に、あんぐりと口と開けた間抜け顔。 ネコ、”わたしの”現ご主人様は、満ち満ち溢れんばかりの笑顔。 ……けれどもその笑顔の目には、涙が浮かんでいるような気さえして。 静かに前へ、扉へと歩いていきます。 ご主人様の後ろにつくと、ご主人様はさっと後ろに回り、両肩に手を当て、ぐっと全面へ”わたしを”押し出します。 「はじめまして、旦那様。わたくし、アマネ、と申します。これから、よろしくお願いいたします」 「プレゼントだ、ギュスターヴ。 ヒトの娘だけど、うちで鍛えられた立派なメイドだ。大事にしてやってくれよ」 身にまとうのは、黒いエプロンドレス。メイド服。 深々と頭を下げ、精一杯愛想よく、にっこり微笑んで見せます。 思えば、ここから、“わたし”――アマネの物語がはじまったのです。 * * * 「あのねえ、ギュスターヴ。僕もう帰りたいんだけど」 「帰すか! 誰がお前単独で帰すか! 返したいのはこっちの方だ!」 「それねえ、ジョーク? おもしろくないってば。わかりづらいもん」 「ほんとまじで……、帰るならこいつも連れて、まとめて帰れええええっ……!!」 その後。 まず、すぐに正気に戻ったワニ、ギュスターヴ様が、ご主人様とわたしを家の中に押し込みました。 御者様が慌てて駆けつけますが、ご主人様の一言「ちょっと話つけてくるから待ってて」に引き下がらざるを得なくなり、 結局、ご主人様とギュスターヴ様とで、話し合いがはじまりました。 「だから、嫌だったんだよ! お前が寄越すものはいつだってろくでもねえんだ! いらんいらん、ヒトなんて絶対いらん!! ほんとまじでそっくりそのまま帰れ!!」 「なんだよ嘘つき。さっき“受け取る”なんて言ったのはどこのどいつだよ。 僕はこの耳で、君が言ったのを、ちゃあんと聞いてるんだからね。従ってもらうよ」 深くソファーに腰掛けゆったり優雅に足を組むご主人様。 浅くソファーに腰掛け足を広げて腕を組んだギュスターヴ様。 話し合いは「受け取れ」「受け取らない」の平行線をたどるばっかりで、収まる様子もありません。 「おれは貴族サマとは違う! メイドもヒトも必要ないの!」 「よく言うよ。 男の一人暮らし。とりあえず今日は、僕が来るからか、片付いてるようだが、普段はそうでもないんだろう? 知ってるよ。学生時代の君のアパート、それからそこの散らかりよう!」 「学生時代ィ? 何年前だと思ってんだ! おれだって一人暮らし長えし、家の管理ぐらいできるようになってるに決まってんだろ!」 「三つ子の魂百まで、とも言うんじゃなかった? ま、よしんば、掃除ができたとしても、料理、昔っから得意じゃあなかったよねえ。 ありあわせでものを作るのが苦手で、気が付けば毎日おんなじものばっかり食べてた、んだっけ?」 「そりゃあ、あの時のおれは貴族サマと違って貧乏学生だったからな、否が応でも自炊せにゃならんかったが、 今やこちとら一発当ててんだよ! メシくらいどこへなりとも食いに行けるわ!」 「せっかくダイニングのある家なんだから活用しようよ……。 というのはおいといてもね、さっき君、一人暮らし長いって言ったよね。 いい人の一人くらい、いないの?」 「あーあーあー悪かったなッ! どうせおれはお前と違ってモテねえよ!!」 ご主人はくすりと笑い、しなやかに、ギュスターヴ様の耳元へ。 そして、指の長い手を添え、そっと囁きます。 「溜 ま っ て る んじゃないのかい?」 ぴくりと動く首、顰められた顔。 「なんてったって、ヒト、だよ? しかも女、だ。 何してもいい、何だってできる、何でもしてくれる。 ……何だって、できるんだよ?」 「てめえッ!」 ギュスターヴ様がご主人様を睨みつけ、ご主人様は翻るように、くるりと立ち上がります。 「ごめん。ごめんね! そういや君は、昔っから、そういうの好きじゃなかったね!」 「なら、最初っから言うな!」 「だから、ごめんってば! ……でもね、ギュスターヴ。まだ、メイドもヒトもいらないって言える? 幸い、部屋なんて余ってるじゃない。一発当たった一人暮らし、お金だってあるんでしょう」 「……おれが、孤児とか拾ってて、部屋も目いっぱい使ってるかもしれないだろ」 「うわっ、ありそう! 君は昔っから、顔は怖くて身体はでかい、ごつくて厳めしい大男。 そのくせ、子供が好きな博愛主義者なんだもんね。行き倒れの子供とか、二人くらいは拾ってそう。 そしたらさ、その子、紹介してくれないかな」 「……すまん、さすがに拾ってない」 「ついでに、嘘なんて到底つけない正直者、そんなところも変わらないねえ」 勢いよくソファーに飛び込んで、背もたれに手を這わせるご主人様。 足に腕を置き、指を組むギュスターヴ様。 「それからね、たぶん、一番君が喜びそうなことなんだけど」 「微妙に嫌な予感しかしないんだが」 「ねえアマネ。君、落ちる前には、どこにいたんだっけか?」 突然話を振られて、少しだけ動揺します。 が、それは決して悟られぬよう、努めて平静に、わたしは答えます。 「ニッポン、という国におりました。 具体的には、ニッポン国の首都、トーキョーという都市にある、郊外の町です」 「ニ、ニッポン!?」 わたしの過去なんて、なんの意味があるというのでしょう? 甚だ疑問ではあったのですが、予想外に大きなリアクションがありました。 「そ。アマネはね、落ちモノの、立派な天然ヒトだ。すごいでしょう? 落ちてきたのを僕が直々に拾って、うちで教育したやつだから、目に見える傷はまったくないよ。そういう趣味はないからね。 だから、ね? 受け取ってよ」 「……な、何が“だから”だ。いらないものはいらない!!」 「もう、強情だなあ、ギュスターヴ。 ここまで押せば、さすがの君でも折れて、もらってくれると思ってたんだけど」 「友人相手に作戦まで立ててくるとはひっでえ奴。 だが、悪かったな、エルヴィン。そうそう負けてなんてやるもんかよ」 「親友だと思ってるからこそ、ばっちり計画に嵌めてやらないと、君には勝てないって知ってるんだよ」 きゅっと首を捻り、ご主人様の黄色い瞳がわたしの方へ。 「ほら、アマネ。こいつが君の新しい主人になるかならないかの瀬戸際なんだから、 そんな突っ立って、掃除すべき所を探してなんかいないで、自分を売り込みなさいな。 掃除すべきところなんてありすぎてありふれてて、逐一探し出したらキリもないよ」 「平然と人んち汚いって言うのやめてくれない? お前んちと比べたら、どこだってごみ捨て場だよ!」 「申し訳ございません、ご主人様。 ええと、旦那様。雑巾とゴミ袋をいただけませんか?」 「いやいやいやいや、デモンストレーションは確かに有用だよ、だけどね? 先にさ、一応言葉で説明しようよ!」 気を取り直して。 「わたくし、アマネは、ヒトでこそありますが、 炊事・洗濯に始まる家事労働、掃除・買い出しまでの家政はもちろん、 保育や介護に至る養護、書類や帳簿などの庶務、ありとあらゆる方面でご主人様をお支えする、“ 一 流 の ”メイドでございます。 ご主人様の友人にも恋人にも家族にも、敵にも悪魔にもなれませんが、 ただ、ご主人様の味方にはなれる、“一流の”ヒトメイドでございます。 どうか、わたしを旦那様のメイドにしてくださいませ」 「まあはじめてにしては良いセールストークなんじゃない? でもさ、まだもうちょっと、できることあるよね?」 「もちろん、わたしは弱いヒトで、さらに脆弱なメスでありますから、お望みとあらば、ご主人様の情欲や暴力衝動を満たすことも、」 ギュスターヴ様の指がぽきりと音を立て、鬼のような形相でご主人様を睨みつけました。 ご主人様は慌てて、わたしに向き直ります。 「違う違う、違うって。いやまあ間違ってはいないけどもね、ほら、ギュスターヴの目が怖いから。あんまりそういうこと言わないで。 それよりもほら、ニッポン、ニッポンだよ」 「ニッポン? ええと、わたしは、確かに、落ちて、まいりましたから……。 そう、あちら側の世界の話も、できると思います。 それから……、ニホン語の読み書きと、わずかばかり、英語の読み書きと、こちらの国の言葉も、少しならば」 「それ! そうだよそれそれ!」 ご主人様がほっと胸を撫で下ろし、ギュスターヴ様は、――わたしをじっと見つめていらっしゃいました。 とび色をした目、黒い瞳が鋭く、縦長に走っております。爬虫類の、鋭い目でした。 わたしは微笑み返してみせました。 「ね? どう? 欲しくなってこない?」 「来――――ない」 「口ではなんと言っても身体は正直なったりしてこない?」 「こない!!」 「ぐぬぬぬぬぬ、手強いぞー」 口ではそう言っても、どことなく楽しそうなご主人様。 あまり、言いたくはなかったのですが、無難な結論を提唱してみることにします。 「あの、すみません」 「なあに、どうした?」 「ご主人様はわたしを手放したくて、旦那様はわたしが不要であるのであれば、 わたしを、別のところに売ってしまえばよいのではないでしょうか」 「うんうんうん」 「残念ながらメスですから、多少値は落ちてしまいますが、それでも、悪い額にはならないと思います。 もし、売るのに抵抗があるのでしたら……」 二人とも、私をじっと見つめていらっしゃいました。 ご主人様は、弧を描く口を貼り付けたように浮かべて。 ギュスターヴ様は、眉間にしわを寄せて、険しい顔で。 「わたし、一人で、……出て、いきますわ。 ご主人様にも、旦那様にも、ご迷惑になりませんように……。 わたしのせいで、お二人に、軋轢が、生まれてしまうのは、申し訳、ありません、ので」 わたしのつたない言葉を遮ることもなく、二人はそのまま座っていました。 少しばかり、静寂が満ちます。 「だって、さ」 「…………」 「出てっちゃうんだって」 「……だな」 「どう思う? 博愛主義のギュスターヴ君?」 「……どうも、こうも」 「僕たちのため、だそうだよ?」 「…………」 ギュスターヴ様は額に手を当て、ふうっと、ため息をつきました。 「…………」 「頑固だなあ、もう。 ここまできちゃったらしかたない、しかたない、ね。 ねえ、アマネ。ちょっと二人だけで話したいんだけど、いいよね」 「もちろん。それでは、外でお待ちしておりますので、終わりましたらお呼びください」 「いや、おれたちが出てけばいいだろ。……行こうぜ」 ギュスターヴ様が立ち上がろうとしました。 まさか、お二人に移動していただくわけにもまいりません。 「いえ、かまいませんわ。どうぞ、そのまま」 それよりも先に、わたしは部屋から出ます。 扉に手を当て、 「それでは、失礼いたします」 ぱたり、静かに閉めました。 * * * 「――、――――――――」 「――――、――――。――――――――」 扉の向こう側では、お二人が何やら、話し合っていらっしゃいます。 そもそも、わたしを伴って話し合う必要は、なかったように思います。 なにしろ、わたしはヒトなのですから。 ご主人様が誰に譲ろうとどうしようと、わたしに知らせる必要は、ないのです。 「――――、――――――」 「――、――お前!!」 語勢が荒くなりました。 ギュスターヴ様の大声が、少しだけ聞こえます。 「――――――、――――――――、――――」 「……ろよ! なん…………こと!!」 その後に続いた叫びともいえる声は、到底、信じられないものでした。 「わかった! わかった……! もら……やる……!」 「だから、頭を上げろぉぉぉ……っ!!」 * * * それから。 “元”ご主人様――エルヴィン様は、零れ落ちてしまいそうなほどの笑顔と「よろしくね、ギュスターヴ。元気でね、アマネ」との言葉を置いて、 また、あのきらびやかな馬車に揺られて、人々の視線を浴びながら、帰っていきました。 この家に残されたのは、わたしと、少しばかりの荷物(服とか日用品の類を少々)が詰まったトランクケース。 それと、家主であるギュスターヴ様――わたしの、新しいご主人様。 「わたくし、アマネを雇っていただき、本当にありがとうございます。ご主人様。 か弱いヒトのわずかな力ではありますが、これから、精一杯ご主人様をお支えいたします」 「ご主人様、ねえ」 顔を一層怖くして、ご主人様がつぶやきました。 ……ずっと思っていたのですが、ご主人様は、表情が読み取りづらい上に、鋭い牙を見せつけるように口を開けているので、 どうしても、顔が怖く思えてしまいます。 「やめねえか、そういうの。普通に名前で呼んでくれていいからよ」 「そういう訳にも参りませんわ。主人の名前を呼ぶメイドなんて、どこにいるというのでしょう?」 「これからここにいればいい。 おれには“ギュスターヴ”っつう、親にもらった立派な名前があるんだよ。 おれは名前を誇りに思ってるし、そんな立派な名前で呼ばねえのは、失礼にあたると思わねえのか」 「そもそも、ご主人様とわたしは、遥かそびえる身分の壁に阻まれているのです。 ご主人様がそのお名前を誇りに思っているからこそ、下賤なわたしが口に出すほうが、無礼なことなのです」 「あー、まったく口が減らねえな、“元”ご主人サマにそっくりだ!」 ご主人様は声が低くて、大きな声を上げると、振動がびりびりと直に伝わるようであります。 それもまた、印象の険しさに直結してしまうのだと思えました。 「いいか、よく聞け。“メイレイ”だ――、おれのことは名前で、ギュスターヴ、と呼べ。いいな!」 「“できません”」 「あがァ」という間抜けな声、そして、いっそう大きく口が開かれました。 ご主人様の目もまんまるとなります。 「ご主人様。わたしはヒトでこそありますが、ご主人様の命令ならなんでもきく奴隷ではございません。 わたしは、“メイド”です。ご主人様をお支えする、“ 一 流 の ヒトメイド”なのでございます。 この身はすべてご主人様のために、この力はすべてご主人様のために、 立派なご主人様であっていただくために、ご奉仕させていただくのです。 ご主人様の命令は、大概ならば聞きましょう。ご主人様のためとあらば、身を粉にしてまでも、果たしましょう。 けれども、それがご主人様のためとならないのであれば、従うことはできません。 ご主人様のためとあれば、ご主人様に反目すらいたします。そうしてこそ、一流のメイドたりえますもの。 そのことで、ご主人様の不興を買うやもしれません。 ですが、そこを曲げてしまっては、ただの奴隷となんら変わりないではありませんか、ご主人様?」 くつくつ。喉の奥から笑い声が響いてきます。 わたしのものでなく、低い声のそれは、まぎれもなくご主人様のものでした。 「そうか。そうか! いいな、こりゃあいい! なんだ、お前――アマネだったな、アマネ、お前、一流のメイドなのか!」 「その通りです、ご主人様。 ……もし、お気に召さないようでしたら、今からでも、追い出してくださいませ」 「いや、いや、追い出す気なんか毛頭ない、なくなった! むしろ、もっと早くそう言ってくれれば良かったんだ。そうしたら、あいつにあんなことさせずに済んだのに」 いや、忘れてくれ、と一言足して。 「だがな、アマネ。それとこれとは話は別だろ? もちろんこれとは“おれの呼び方”。 ご主人様だけはほんと勘弁してくれ。 そりゃああいつは、雲の上の貴族サマだから、名前を呼ぶのも失礼だろうさ。 だがな、おれはそんじょそこらの庶民サマだ。名前を呼ぶのすら失礼にあたるほどいい身分じゃあないぜ」 「ですが、ご主人様――」 「これだけはほんと譲らないぞ、まじで。 そもそもおれなんてご主人様っちゅう器でも柄でもねえしよ。 それに、あいつもご主人様って呼んでたろ? それだと、おれがあいつと比べられてるようで、居心地が悪ィんだ。 誰だって、あいつと比べられたら見劣りしちまうだろ? な、頼むよ、名前で呼んでくれ。これは、命令でもなんでもなくて、ただのお願い、だ」 そう言って、右手で手刀を切り、左目でぱちりとウインク。愛嬌のつもりかもしれませんが、その外見にはあまりにも相応しくない振る舞いです。 ……けれども、その時のわたしは、それがどうしてもおかしくてたまらなくなってしまったのです。 「仕方ありませんね。かしこまりました、ギュスターヴ様」 「おっと、そうだな、サマなんてのもやめてくれよ。ばかにされてるみてえだから。 ……やめてくれるまで、お前を部屋に案内してやらないぜ。ここでずっと、議論でもなんでもしてやるからな。 自慢にもならないが、おれは徹夜、得意なんだ。何時間だって放さないぞ」 「さ、さすがにそこまではできかねます!」 「お、やるか? 単純な我慢比べで、ヒトの女になんか、負ける気がしねえなあ」 あれだけ怖かった顔なのに、にやにやしながら喋る様子――まるで、エルヴィン様と話すときのような――は、 なんだか、妙に身近に、親しみやすく感じるようでありました。 言葉だって乱暴で、顔だって、怖いままなのに。 「それは、困ります。 中に入れて頂かないと、お掃除も食事の支度だって、なんにもできませんもの。……ギュスターヴさ、ん」 サムズアップとにっこり笑顔。 「オーケイ。じゃあとりあえず、案内しようか、おれの城」 トランクケースを持ち上げようとしたのを丁重にお断りして(不服げではありましたが、今度こそわたしの勝ちです)、 ギュスターヴさんの城、……これからわたしが住むことになる、4LDK庭付き平屋一戸建ての奥へ、足を踏み入れました。 * * * リビングダイニング以外の四つの部屋はそれぞれ、書斎、寝室、トレーニングルーム、物置、となっています。 書斎は壁一面が本棚で埋まっており、圧巻でありました。万が一本棚が倒れでもしたら、大惨事を招きそうです。 本棚は、一部の開いているスペースを除き、ほぼ満員で、内容も小説やら学術書やら、どうやら、本に関しては雑食のようです。 机も椅子も、大柄なギュスターヴさんでもゆったり使えるような、大きなものです。 寝室は私室も兼ねているらしく、大きなダブルベッド(「別に下心だけじゃないぞ。尻尾が落ちると重いから、落ちねえように、だ」)の他、 マガジンラックが置いてあったり、ダンベルが落ちていたり、はたまた、弦のついた楽器まで。 あまりじろじろ見るのも失礼だと思い、しっかりとは確認したわけではありませんが。 そしてトレーニングルーム、とは言っても、大掛かりな機材があるわけじゃあなく、ちょっとしたエキスパンダーやらなんやら、 それから、マットが引いてあるくらいのものです。 「運動不足になりがちだからな、太るのも嫌だし」 「健康のためなら、ジョギングとか有酸素運動のほうがよろしいのでは?」 「下手に走ると死ぬからね、体温上がりすぎで」 「変温、なんですね」 「当たり前だろ? ワニは爬虫類だ」 わたしにあてがわれたのは、物置でした。 物置といえども、目立つのはすぐには読まないらしい本くらい。 ガラクタやら保存食やらの類もあることにはありますが、そのままでもわたしが寝る程度のスペースはありそうです。 「悪いな、散らかってて。初仕事はどうやらお前の部屋作りのようだ」 「ヒトなんて所詮、立って半畳寝て一畳。足を延ばして寝る空間さえあれば、どんな場所でも大丈夫です」 「ベッドもなくて申し訳ないが……、ほら、昔使ってた布団があるから、ペラくてショボいが、当面はこれで我慢してくれ」 「ありがとうございます。当面と言わずとも、これで十分です」 「よし、まずとっとと片付けちまおうぜ」 「いえ、それには及びません。大丈夫ですから」 「何を言う。寝場所の確保は大事だろ」 「わたしの部屋なんか後回しでかまいません。それよりも、それよりももっと気になるところが……!」 その家の中を一言で表現するなれば、まあ、一人暮らしの男性の家と聞いて想像するところそのまんま、ではないでしょうか。 全体的に埃っぽくて、物が散乱、もしくは積み重ねられている状態。脱いだ服だってそのまま落ちています。 足の踏み場があるのが救いといいますか、むしろ、足の踏み場以外はひどい有様といえます。 エルヴィン様が通されたリビングだって、一見片付いてはいましたが、散らかったものを奥に押し込めて隠していただけのようです。 唯一整理整頓がなされているといえそうだったのは、書斎くらいのものでした。 ……ただしデスクを除きます。なぜだか机の上だけは、本やら紙やらが暴力的に積まれていました。 だのにキッチンばかりは、水あかもなければ生ごみが臭うこともなく、埃以外は、概ねきれいな様子です。 最後に掃除をしたのはいつかと尋ねれば、 「あー……、いつだろうなあ……」 と気が遠くなるようなお返事。少なくとも、とてもやりがいのある仕事ではありそうでした。 それは、今すぐにでも取り掛からないといつまでたっても片付かないような、脅迫でもありました。 * * * 「おれは鱗だからシャンプーなんてものこの家にはないがしかし、いくらなんでもアマネ、お前には必要だろ。 必要そうなもの買ってくるから、とりあえずなんか考えて教えてくれ」 仕えるべき主人を使いに出せるわけがありません、なんて抗議をしてみれば、 「おれはただでさえ近所付き合いの悪い変人で通ってるんだよ! ヒトを囲ってるなんてバレてみろ、既に残念な評判が地の果てまて落っこちるだろうが! そこまで他人の目なんて気にしねえが、それにも限度ってもんがある。 悪いが、しばらくの間は外には出ないでくれな。洗濯もんを干すものおれがやる」 とのこと。 もちろんお願いとしても申し上げてみるのですが、同じく「ダメだ」の一点張り。 結局、根負けしてしまうのはこちらで、ギュスターヴさんにはお使いに行っていただくこととなりました。 その間にわたしはお台所の水回りを掃除し(多少の油染みを落とす以外は水拭きと食器洗いくらい)、 ちょうどそれが終わるころに、ギュスターヴさんがお戻りです。 「おかえりなさいませ」 「……おう、ただい、ま」 なんだかこそばゆそうに靴を脱ぐギュスターヴさん。 「今から夕食の用意をいたしますね」 「ん、ああ。じゃあ頼むわ。書斎にいるからできたら呼んでくれな」 「かしこまりました」 * * * わたしは、料理が得意ではないと思っています。 それでも、料理をすること自体は好きなのかもしれません。 食材を切るのも味をつけるのも、煮たり茹でたり炒めたり揚げたり、作っている間は、何も他のことを考えていないからです。 料理をしているときは、それに夢中なのでしょう。 夢中になれることは、好きなこと、ではないでしょうか。 少しだけ魔洸調理器具の扱いに手間取り、時間がかかってしまったのですが、なんとか今日の夕食が出来上がりました。 鶏の唐揚げと野菜たっぷりのスープ、半熟卵のサラダ、アスパラガスのベーコン巻、です。 ……黒いパンには合わないかもしれない、と気づいたのは、唐揚げがすっかりきつね色に揚がった頃でした。 一番問題だったことといえば、ギュスターヴさんがどれだけ召し上がるかわからない、ということです。 そもそも男性でありますし、さらにはあれだけの巨体ですから、それはたくさん召し上がるでしょう。 けれど、“たくさん”とは、具体的にはどれくらいなのか、わたしにはわかりませんでした。 とりあえず、いざとなればわたしが食べれば良いですし、足りないよりかは余る方が良いと思い、 大きな平たいお皿に山積みできるくらいには作りました。が、いくらなんでも多すぎるだろうと苦笑がこみあげるものです。 テーブル上で唐揚げが山になっている姿は、いっそ滑稽でもありますが、子供の頃の夢が叶った気分にすらなれるようでした。 けれども、ギュスターヴさんの反応は、わたしの想像とははるかに異なるものでした。 「ん? お前の分は?」 テーブルにあるのは、標高30cmの唐揚げ山、白いボウルに映える緑のサラダとスープカップ、小皿のアスパラ、あとスライスした黒いパンが、一人分。 すべて、ギュスターヴさんのための料理です。 「わたしは後でいただきます」 「はァ?」 頬が強張って、ぴくぴくと震えています。鋭い歯がちらちら伺えます。眉間には固く寄せられた皺。 「当然です。メイドは、主人とは別に食事をとるものです」 「いい加減に――――」 振りかぶられた腕――。 ぶたれる、そうわかっても、動けないわたしがいます。 揃えられた指――。 かろうじて、首が縮こまり――、 ……指が、揃ってる? へんなの。 「しろッッ!!」 「いたっ」 こつん、と頭に当たる程度のチョップ。 肌がびりびりするかと思うほどの怒声に伴うものとは、到底考えられない、優しいものでした。 「やれ名前を呼ぶのは失礼だ、やれ一緒にメシを食うのは失礼だ、いい加減にしろ!! メイドだって言い張るのはそういう意味か! おれの期待を返せ!!」 ええ、確かに、体罰だとはとてもじゃなく呼べないチョップではありましたが……。 わたしの髪はちょうど、頭の正中に分け目がありまして、その分け目にぴったり沿う形でチョップをいただいたのです。 「同じ家にいるのに一人メシとかまじ冗談じゃねえっての! どんだけさびしい奴だおれはよお! なんだなんだ、そんなにおれとメシ食いたくねえってか! そりゃあおれは醜男だよ!! でも一緒にメシくらい食ってくれたっていいじゃねえか! 懇談しろとは言わな、言わな……、……喋りつづけろとは言わないから!」 さらには、いくら優しくとも、そもそもギュスターヴさんは体格の良いこの世界の男性であり、その中でも相当筋肉質です。 手は鱗でごつごつ、腕だって常に筋肉が盛り上がって見えているのです。 「あーあーあーあー、うまそうないい匂いはするしニッポン生まれのヒトだっていうし、割と楽しみだったのに、お前という奴は、 …………ん? あれ、おい、えっと、もしかして――」 痛かった? ……痛かったです。 「こんなもんで痛いのか。さすが噂通りの弱々しさ、なのか?」 「せめて、髪があるところだったら、もっとずっと大丈夫だったのですが、 ちょうど分け目に当たってしまい、皮膚に直接だったので、痛かったです」 「なるほど、分け目チョップが有効……。あ、いや、謝るさ、すまんな。 でも、何も酷いことしようとしてるわけじゃないんだぞ。一緒にメシくらい食おうぜ、な?」 「……うまい反論が、もう、思いつきませんし、痛くて。 きっと、何を言っても、押し返されてしまうのでしょうね」 「……そんなに痛むか?」 「すぐ、慣れますから……」 「じゃあほら、メシだメシだ。あー腹減ったー!」 「その、ギュスターヴさん」 とび色をした目は、もう怒気で歪んでいません。 「申し訳ございません」 「謝るくらいなら最初っからこうしておこうぜ」 「そうですね。……申し訳ありませんでした」 一人暮らしだというのに四人掛けの食卓、どこに座ればいいのかわからなくて、逡巡します。 それを見て、というわけではないかしれませんが、顎でしゃくられたのは、ギュスターヴさんの正面の席。 失礼します、と椅子に座って。 「よし、それじゃあ、いただきます」 「あ、はい、……お口に合うかはわかりませんが」 * * * 食事風景は、まさしく圧巻のひとことだと思われました。 フォークでぐさり一突きされた唐揚げが、ほいほいと口の中に吸い込まれるように消えていきます。 確かに口が大きいから、当たり前ではあるのですが、何個も何個も一度に口の中へ入っていく様は、ある種恐怖すら覚えます。 フォークから引き抜く際、首を使わずに身体全体を動かして引き抜くので、非常にアクティブです。 そういえば、あっちの世界のワニは噛む力がすごく強い、なんて知識を思い出しました。 ざくざく野菜を刺して、そのフォークすらも食べてしまうかのように、大口の中へ。 パンだって、背を反らして噛み千切り、ダイナミックな食べっぷりでした。 「うまっ、……なにこれうまいっ!」 「やばい、人間とっさの出来事に対しては語彙がやばくなる、やばい、うまーい!」 「肉柔らか、柔らかっ、うめー!」 「九十余年の人生でこんなうまいからあげを食べたことなんぞない。うまうま」 むさぼりながら、口々に絶賛されてしまいました。 「アマネ、お前、料理上手だったんだな」 「ありがとうございます。けれど、そんなことありませんよ。むしろ苦手だと思っています」 「お前が料理下手の部類に入るなら、この世の人間はほとんどがド下手だぞ。 普通に店で金出して食べても十二分に満足できるレベルだと思うが」 「それは、言い過ぎです」 「むしろこんな陳腐な言葉でしか表現できない自分が憎くてたまらない」 「……ありがとうございます」 物を食べながらでも、ギュスターヴさんはべらべら喋ります。 その時、口元を左手で隠すのが、妙に似合いませんでした。 「……そんな風に、褒められるのは、……初めてです」 「はあ? おれ以外は誰もいないの? ありえん」 「大概は無反応で、却って貶す方もいましたので」 「まじで? 見る目が、いや、味わう舌がないやつらばっかりだな!」 「言いにくいのですが、ギュスターヴさんの味覚のほうがズレているのかもしれません」 「ない、それはない。アマネの料理は絶対うまいってまじで」 「……ありがとうございます」 「……明日からも、頼むな」 「もちろん。わたしは一流のヒトメイドですので」 「はいはい期待してるぜ、メイドさん」 ここまで熱心にではないけれど、昔は、褒めてくれる人もいたんですよ、とは言えませんでした。 でもその人たちも、だんだん、だんだん何も言わなく、言ってくれなくなるんですよ。 ですから、きっとそのうち、ギュスターヴさんもそうなると思いますし、それでいいとも思っています、だなんて。 「よし、ごちそうさま」 「お粗末様でした。……え?」 「いやあ、うまかったー。大満足」 「え? 全部食べちゃいました?」 「ああ。もしかして、足りなかったか?」 「いえ、いえ、別にそういうわけではなくて」 「ならいいが。んあー、腹いっぱい」 「そうですよね! すごく気に入っていただけたようですから、食べ過ぎただけですよね」 「いや、いつもこれぐらいは食ってるかなあ」 「……ああ、とてもたくさん、召し上がるんですね」 「むしろアマネ、お前こそ、全然食べてないんじゃないか? もっと食え、もっともっと」 「ヒトが食べる適切な量ですっ」 * * * 食事が終わって、後片付けが終わって、 「おいアマネ、お前が次に言うことを当ててやろうか。 まあ次とは限らなくて、最終的に今日中には確実に言うこと、なんだがな。 ずばり、『それでは、わたしは部屋に戻りますので、何かございましたらどうぞお呼びください』だ。 “おれを名前で呼ぶのが失礼”で、“おれとメシ食うのが失礼”なら、“用もなくおれといるのだって失礼”なんだろ、どうせ。 そんなもんくだらねえとは思うがな、結局なんだかんだでお前はここに、 この家に暮らさなきゃいけなくなった以上、好きにふるまっていいっていうのにだ。 掃除に疲れたら居間でごろごろしようともかまわないのに、掃除に飽きたらテレビを見て休憩してもかまわないのに、 掃除にくたびれたらおれの本だって勝手に読んでもかまわないのに、 アマネ、お前は物置みたいな、実際物置だったが、そんなろくでもない場所にひきこもるんだろ、な、そうだろ」 ギュスターヴさんが因縁をつけてきました。 怒り顔と、呆れ顔と、それからどや顔がまざったような、よくわからないような表情を浮かべています。 けれども、その顔もしかめっ面にはかわりなく、最終的には怖い顔、ということに落ち着くのです。 「それが、メイドというものです。陰からご主人様をお支えするのがメイドの役割です」 「目いっぱい異論があるんだが、いちいちそんなことで文句つけたら切りがない。さらにはおれがヤな奴みたいだからな、もう何も言うまい」 引き下がるギュスターヴさん。 けれどもその目は爛々と光っていて、口元は弓のように歪んで、ついでに開いています。 「……ええ、それでは、失礼いたします」 「待て、そうは問屋が卸すまい。お前に、もうひとつ仕事を頼みたい」 「ならば、先にシャワーを浴びた方がよろしいで――」 「分 け 目 チ ョ ッ プ !」 痛いです。 「くだらねえことほざいてんじゃねえよ!!」 「申し訳ありません……」 「まあいい、とにかくちょっと、ついてこい」 向かう先は、ギュスターヴさんの書斎でした。 「書斎、ですか。何か片付けとか――」 「ちょっと待ってろ」 本棚の端の方、ギュスターヴさんが本を調べています。 「ニッポンだろ、ニッポン」 目的のものが見つかったのやら、ギュスターヴさんがくるりと振り返り、手にした本を開き、わたしの眼前へとつきつけました。 「読める、な?」 「ちょ、ちょっと、近いです」 本を受け取ります。少し小さめで、あまり見ない大きさをした薄めの本です。 開かれたページには、縦書きの文章。 「よいち、かぶらをとってつがい、よっぴいてひょうどはなつ。こひょうと――?」 いふぢやう、十二束三伏、弓は強し、浦響くほど長鳴りして、あやまたず扇の要ぎは一寸ばかりおいて、ひいふつとぞ射きつたる――? 添えられた挿絵。海の中、弓矢を構えた鎧の男。見据えるは沖の舟、女が高く掲げる一枚の扇――。 「…………平家物語!?」 ページを捲りました。 次に現れたのは、女性を負ぶった烏帽子の男、その挿絵。 「――白玉か、何ぞと人の、問いしとき」 ――露と答へて消えなましものを。 「伊勢物語……」 ページを捲ります。 「今は昔、比叡の山に児ありけり。僧たち、宵の――」 つれづれに、「いざ、かいもちひせむ。」と言ひけるを、この児、心寄せに聞きけり――。 「児の、そら寝」 本を閉じます。 独特のコーティングがなされた、つやのある手触り。表紙は大きく開くために折り目がつけられています。 見たことのある、見慣れた、もう見たくないとも思えた、タイトルは――。 「……新・古典、一」 それは、古典の教科書でした。 「読めるな、読めるんだな!」 ギュスターヴさんが真剣な面持ちで、わたしの肩を掴みました。 けれどわたしの視線はギュスターヴさんの向こう側――本棚の一角へ。 教科書が収まっていた分だけスペースの空いた本棚に並ぶ、本、本、本……。 文庫本、新書サイズ、ハードカバーまで、まったく装丁には共通項の存在しない本が並んでいます。 「お前に頼みたいもうひとつの仕事――、それは本来のメイド業務からは大きく外れるものであるだろう」 共通項の存在しない? いいえ、一見ばらばらの本にも、一か所に集められる理由は確かにあるのです。 そしてそれは――、一目見て、わかる類のものなのです。 「だがな、アマネ、それはおれでなくあいつでもなく、お前のような、落ちてきたヒトでないとできないことなんだ」 共通点は、背表紙の文字。その棚の本は、すべて“かなと漢字”で書名と作者が記されています。 その上の棚には、ラテン文字の――アルファベットの本が。 また別の棚にはハングル、中文、他にも様々な“あちら側”の文字が! 「仕事内容は単純に、“おれの仕事の手伝い”。それではその“おれの仕事”だが――」 さらに別の棚から、また本を取り出して、ギュスターヴさんが近づいてきます。 「この通り、だ」 手にした一冊の本、それはもはや見慣れたこちら側の文字が書かれています。 著者名は、“ギュスターヴ”と。 「……エルヴィン様から伺っておりました」 あのね、ギュスターヴは、小説家なんだよ。人好きのする笑顔が脳裏に蘇りました。 ギュスターヴさんが舌打ちをします。 「くそっ、嫌味なやつめ。 ……確かに、おれは小説“も”書く。“副業”小説家、だ」 手にしていた本の裏から、もう一冊、本が現れました。もともと、二冊を重ねて持っていたようです。 それも、こちら側の言葉で書いてあるものでした。 先ほどとは違うのは、著者。わたしは、記された名前に心当たりはありません。けれど――。 「本業は――」 著者名の隣にあるのは、またもや“ギュスターヴ”。その肩書きは――。 「 翻 訳 」 訳 者 。 「おれは、落ちモノ文学の翻訳家だ。 落ちてきた書籍に魅入られて、そのため大学へ入り、それの研究をし、そして今、訳している。 おれはプロだ。こちらでは有数の翻訳家だと自負している。 だがしかし、それはあくまで“こちらでは”の話であって、まだまだ力及ばぬところも多い。 おれは向こうの物語が好きだ。こっちでも、その魅力を存分に伝えたいと思ってる。 そのために、お前の力が必要なんだ。メイドのやることではないかもしれない。 だけど……、頼む。おれに、協力して、ほしい」 とび色の虹彩、縦に割れた瞳孔が、深く、わたしを貫いて。 何か言葉を、何か行動を、しようと思えば、言葉が音になる前に、行動が動作になる前に、強い視線に射抜かれ、墜ちていって。 時間が、まるで、止まってしまったかのように、呆けて、わたしは、ただただ、ぼうっと見つめるしかできなくて。 部屋いっぱいに満ち満ちたいろんな背表紙が、わたしたちを見下ろしていました。 Bu...u...u...u...
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今、話題のあの人に独占インタビュー!! 眼鏡をかけた小太りな姿の変人。性別も本名も不明。若きカリスマ教祖、マハカメリア宮は名呑駅前のカフェにあくびまじりに現れた。 ――何故、このようなことをなさろうと思われたんですか? 教祖マハカメリア宮(以下教祖) これを始めた時、私は大学生で、組織はまだサークルでした。何か新しい生き方を提示できないかな、という気持ちからで。あ、宗教法人「リリジョン101」になったのは実はごく最近のことなんですよ。 ――アパートの101号室、ならびにコタツに入ってみかんを食べながら説く教祖という、斬新な形式は「現代のディオゲネス」とも呼ばれていますが、このアイデアはどなたが? 教祖 サークル以前のことですが、友人たちが私の部屋のコタツ(夏はちゃぶ台)から出なくなり帰らなくなったんです。いえ、正確には彼らは大学に行って授業を受け、私の部屋に帰ってくる、みたいな。そこで私はお茶とか料理とかを出してお金をもらってました(笑)。 ――そういったものが「宗教」として結実した経緯は? 教祖 もともと相談されやすいタチだったんですけど、大学に入ってからはホントに多くなって。友達にご飯を振る舞ってると、みんな悩みを打ち明けてくるん です。入り浸る人も増えてきて、ご飯代を踏み倒す人も出てきた。いや、私自身は材料費だけ戻ればよかったんですけど、律儀にお金を払いつづけてる人に悪い なと思って。それでサークルとして大学側から部費を貰えないか、とね。でもお悩み相談室的な内容じゃ部として認められなかったんで、あえて「宗教研究室」 として出したんです。真面目に宗教を研究する部。ホントはそこにメガテン(女神転生シリーズ)好きが多くて、よく神話とか信仰の話をしてたからなんですけ ど(笑)。 ――そうした、言ってみれば「エセ宗教」が本格的になっていったのは何故ですか? 教祖 現代って信じるものが人によって違うじゃないですか。その中で比較的他者に理解されやすいものが「物語」で、そうじゃないものが「宗教」。でも信じ ると幸せになれるって意味じゃ二つは同じで、一般的に享受されてる物語「恋愛」だって宗教でしょう。恋愛してない人は幸せではない、みたいな論調がよく女 性誌にありますけど、そういった迫害さえ除けば宗教だって恋愛だって信じて幸せになれる。要は他人に迷惑かけるなって話ですよね。そう考えたときに「別に 宗教でいいや」「信じて幸せになれるなら、信じればいいや」って思えたんです。 ――じゃあオリジナル宗教ということですが、この御本尊はどうされたんですか? 教祖 知り合いの芸術家(美少女芸術家、花奥恵)に頼んだんです。「蝙蝠の羽とタコみたいな足を持った像でよろしく」って。私の夢に出てきた神です。不思議なことに、その方も夢を見ていたらしくって完璧な出来でしたね。 ――なるほど。今日はどうもありがとうございました。 教祖 いえいえ、こちらこそ。今度はコタツで話しましょう。101号室でね。
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名呑町裏名呑1-11コーポ名呑101号室。 その丸コタツの中には三毛猫がいた。ヒゲを揺らし丸くなり、腹がゆっくりと膨らみ――戻る。と、そこへ足が突っ込んできた。一部の隙もなく真っ黒で上品な靴下だった。猫は面倒そうに片目を開いたが、また寝息をたてはじめた。 「あの。お話を聞いてくれるというのは」 足の持ち主、名呑中学の制服を着た少女は青ざめた顔で声をかける。マハカメリア宮は台所に向かいつつ、脂ぎった黒髪をゴムで後ろに束ねる。 「ああ、聞く聞く。でも君はアレだろう。家出少女ってやつ」 少女は黙った。こたつの中の足をもぞもぞと擦り合わせる。 「ああ、いやいや。別にそんなのを咎めるつもりはないんだ。つまりはその、家出した人間がとりあえず心配することを解消しようかってこと」 マハカメリア宮はボウルに小麦粉をぶちまけ、その四割ほどの塩水を入れて混ぜはじめた。 「何ですか、それって」 「うどん。お腹空いてるよね?」 次第に固まってきた生地を、打ち粉したラップに包んだ。 「頂いていいんですか」 「もう作り始めてるし。ああ、暇だったらそこらあたりの本でも読めばいい」 目をやった本棚には、少女がこれまで見たこともないようなものばかりだった。 「自殺サークル。完全自殺マニュアル。サルでもわかる遺書の書き方」 かぼそい声で背表紙を読み上げていく。マハカメリア宮は困ったように笑った。 「そこらのはみんなが置いてったやつよ。あんまり、こう、悩みを聞く場所には向いてないよね」 少女も少し笑った。ボサボサのマハカメリア宮とは対照的な、綺麗に切り揃えられた前髪と長い黒髪が揺れた。 「で。さあ聞こうじゃないか」 マハカメリア宮は生地をふみふみ大袈裟に両腕を広げた。 「私、男の子が苦手なんですけど、女の子も苦手で」 「僕は?」 一瞬、時間が止まったようだった。 「一人称は僕ですけど、あなたは女ですよね」 赤いちゃんちゃんこを着て、小太りで胸があるようにも見える。肌は白くてヒゲはないが、背は高い。男性にしては高めの声だが、女性にしてはハスキー過ぎた。長髪と眼鏡がより性別をわからなくさせていた。 「マハカメリア宮は常に『どちらでもない』んだ。彼でもなく彼女でもない。傍観者であり代弁者だ。話を聞き、話すだけ」 わかったようなわからないような答えだった。 「ええと、じゃあ」 少女は深呼吸した。 「クラスにとある男子がいて、その人はすごくモテるんです。優しいし、大人だから」 「大人、ね」 苦笑いしながら言う。少女は頷いた。続けて彼女が話そうとするのを止め、マハカメリア宮は朗々と語り出した。 「君は、別に好きでもなんでもないけどその男――多分悪くない男なのかな――に告白されて、それで他の女の子に嫉妬されてイジメで登校拒否で、家は体面に厳しくて理解してもらえず嫌でココに来た、とか?」 女の子は目を丸くした。 「すごい! なんでわかるんですか!」 「なんでって――」 パターン入ってるから、とマハカメリア宮は心中で呟いた。 「まあ、一応教祖やってんでね。スピリチュアルなものだと思って」 マハカメリア宮は、さきほどまでの彼女の発言と合わせて考えたのだった。 ――流行もあるけど、「長い黒髪の女の子」はたいてい頑固で真面目な性格だよ。変にやまとなでしこになろうと気取ってるような。精神的に早熟だから、小 中学男子のバカっぷりと無神経さに腹が立つことも多い。あとは何か性的ないやがらせでもされてると小中学生期だと完璧に男嫌いになる。まあそれもフィク ションに出る男は別だけど。妄想の男子が加速して一面的にしか捉えられなくなる。いろんな男がいるのを知らない耳年増。 それに付け加えて靴下が上品、アイロンがけされた制服。態度が礼儀正しいのは体面にうるさい家庭で育ったから。家出するのはたいてい家が落ち着く場所じゃなくなってるからだ。 というのは全部偏見に偏見を重ねただけだから、結果正解しても思考プロセスは最悪だから話さないでおくのが吉だよね。 「それで、どうすればいいんですか」 女の子は自然と声が大きくなっている。マハカメリア宮はラップから生地を取り出すと、打ち粉したまな板に平たく延ばして細く切っていく。 作業の片手間に答える。 「君は大人だから――まあ十四才くらいだろうけど――だいたい何をしたいかわかってるよね。ただ話して賛同をもらいたいだけで」 できた麺を沸騰した湯に放り込み、タイマーのスイッチを入れた。 「え? わかんないですどうすればいいんですか」 マハカメリア宮はずっこける。だからね、と彼女の目を見て話す。 「大事なのは、君が決めるってことなんだよ。彼が邪魔ならふればいい。女友達が面倒なら友達をやめればいい。学校や家が嫌ならどこぞへと逃げ出せばいい。人間は自由なのでございます」 女の子は俯いてじっと考えている。マハカメリア宮は黙って鍋で踊る麺の様子を眺め、薬味を作る。やがてタイマーが鳴り、女の子の顔が上がった。 「決まったかな」 どんぶりに熱い麺が盛られた。そこへかつおダシをぶっかけ、ネギとゴマとミョウガとショウガを刻んだものをふりかけ、最後に玉子を割り入れた。白身はすぐに半熟になる。 「おまたせ」 どんぶりから湯気が立ち昇り、マハカメリア宮の眼鏡は半分曇っている。 「いただきまあす」 「そうでなくて。どうすんだい」 かすれかけた猫マークのついた箸をしばらく動かして、言った。 「決めました。私、ここに住みます」 マハカメリア宮はまたずっこけた。女の子は玉子の絡んだ麺を啜り、頬を膨らませてもっちゃもっちゃと食べる。 「こういう時はね、前向きに困難を乗り越えるような返事をするもんなんだよ。そんなモラトリアムみたいな」 「大事なのは私の意志でしょ。私、何でもしますから。この汚い部屋の掃除でもゴミ出しでもこの汚い部屋の掃除でも何でも」 そんなにこの部屋は汚かったか。額を押さえてマハカメリア宮はため息を吐いた。 「あのね。君の何でもってどの程度の決意? 殴られたら急に去ったりケツ触られて警察に行ったりはするでしょ。ここにはいろんな人が来るんだから」 女の子は首を傾げた。 「マハカメリア宮はそんなことしないし、させないでしょ」 「そんな曇りなき眼で僕を見るなッ!」 困った様子で引き出しから紙を一枚取り出した。 「これ、入信届。よく読んでサインして。何をされても自己責任です、と。あと未成年者は親のハンコでも何でも使って同意証明。じゃないと未成年者略取で僕は逮捕だ」 「この釜揚げうどん、美味しいね」 マハカメリア宮はやれやれ、と頭を振る。 「女子中学生? やばいよやばいよロリだよ」 こうして、後の管理の鬼幹部となる蓮田ヒカリが入信したのだった。